建築家・井上貴詞さん 「山形は発掘しがいのある宝ものがある場所」

いまから20年ほどまえのこと。東北大学大学院で建築を学んできた井上貴詞さんが、卒業後に働く場所として選んだまちは山形でした。当時、大学の友人や先輩たちの多くは東京の建築事務所や大手建設会社をめざしたなかで、井上さんの選択はかなり異質なものだったそうです。井上さんは、なぜ、山形で働くことを決めたのでしょうか。

profile
井上貴詞さん/1980年山形生まれ。一級建築士。東北大学大学院工学研究科博士課程前期修了。2005年本間利雄設計事務所+地域環境計画研究室入社。2014年井上貴詞建築設計事務所設立。住宅、集合住宅、店舗、オフィス、ギャラリー、医療福祉施設、文化施設などあらゆる建築物やインテリアの企画・設計・監理を行うほか、都市計画やまちづくりに関するコンサルティング・調査・研究なども行う。そのほか、LCS共同主宰。山形大学、東北芸術工科大学にて非常勤講師。2011年山形エクセレントデザイン2011奨励賞(ENDAI/WORKSHOP)、2013年グッドデザイン賞(YAMAMORI PROJECT)、2015年グッドデザイン賞(森の家)、2016年グッドデザイン賞(大河原の家、GLIDE GARAGE)など受賞多数。

「ほとんどの仲間が大学院卒業して仙台を離れ、東京へと向かいました。そんななかで東北それも山形での就職を選んだのは私ひとりでした。そういう決断ができたのは、大学院生時代にインターンとして飛び込む経験をしたからです。

その頃はまだWebサイトから得られる情報が少なく、地方の設計事務所のふだんの仕事の様子など外部からは全くわかりませんでした。だから実際に見に行くしかない。ということで、そののちの私の職場となった山形の本間利雄設計事務所でインターンを経験したのです。実際に覗いて見たらそこでは大小様々な仕事が常に回っていました。『自分が学んできたことがここで何かしらモノになるものがあるんじゃないか。地方だから面白い仕事がないなんてことはない』と思いました。

また、ちょうどその頃に読んだ、世界的に有名な建築家たちが特集された2002年の『Casa BRUTUS』もヒントをくれました。当時まだ若手の建築家であった三分一博志さんと五十嵐淳さんが紹介されていて、三分一さんは広島、五十嵐さんは北海道を拠点に仕事されていました。そしてそこにあった言葉は、「東京にはこだわらない」。それで、「ああ、こういう可能性もあるんだ」って強く惹かれて、東北・山形でもきっと面白いことができるだろうという予感が閃いたんです。

そんな想いから、実際に、ここ山形で、仕事をしてきました。
この山形という土地には古くからの技術、様々な素材、長く伝わる手仕事の文化があり、目立たなくとも腕の立つ、几帳面できちんとした仕事をしてくれる職人さんがたくさんいます。そういう環境のなかで建築の仕事ができるというのは恵まれたことかもしれない、と思うようにもなりました。

山形は、大量の古いストックの宝庫であり、リノベーションの観点から見ても面白い場所、面白い空間がまだまだ眠っている場所です。発掘しがいのある宝ものが埋まった場所でもある、とも感じていますね」

▼real local Yamagataの記事はこちら
https://www.reallocal.jp/44205

株式会社井上貴詞建築設計事務所
http://takashiinoue.com/

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